村上春樹のバルセロナでの反原発スピーチ

6月9日にスペインのバルセロナであった、カタルーニャ国際賞の授賞式での村上春樹の反原発スピーチが話題となっている。
少しだけそのポイントを紹介する。


まず、日本人の精神性の紹介として無常観を提示し、その無常観が、日本人を災害へも仕方がないものと受け入れた上で、集団的に克服を何度も実践してきた。今回も同様となることが期待されている。また、そこに日本人の美意識も存在することを述べている。 
その上で、広島にある原爆死没者慰霊碑に刻まれている「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」を紹介して、なぜ、我々は、原発を受け入れてきたのかと自問をしている。原発と原爆を同一のテーブルで論じることに抵抗感がないわけではないけれど、核に対する抵抗感が強いこの国で、なぜ原発を受け入れてきたかと展開。「効率」と「便宜」という言葉をキーワードにしてその原因を探る作業を展開していく。
さらに、こう続く。「日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだった」と。
そして、こう結ぶ。「それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。


さて、IAEA事故報告を基にしての、原発再開・継続利用論が、徐々に、夏場の電力不足を脅しにして、動き出している。
村上氏のような反原発論、また、徐々に原発からの脱却を図る脱原発論を交えた議論の進みを注視したい。